それ、だれがやっていますか?
こんにちは、覆面歯科医です。
前回は保険治療における不正請求についてお話させていただきました。
違った方向で工夫をしてしまう歯医者さんのお話でしたが請求以外にも気を付ける点があります。
今回は歯医者さんで働く人たちに目を向けて、どのようにいい歯医者さんを選ぶかについてお伝えしたいと思います。
ホケン物語 第4章 これ、私たちが作りました
ある小さな貧しい国で始まったホケンという制度。
この国では決められた内容のお食事を決められた料金で提供し、一部を国が負担することで国民の誰もが食べることに困らないようになりました。
お店もさまざまな努力をして限られた条件の中でよりよい食事を提供しようと頑張っています。
ホケンが始まってからカレーライスがとてもおいしいと有名なお店がありました。
お昼も夜もいつもたくさんのお客さんでにぎわっています。
ある日このお店のカレーライスが大好きなお客さんが
「いつもごちそうさまです。今日もとてもおいしかったです。
なんでこんなにおいしいのか秘訣を教えてくださいよ。」
店主に聞いてみました。
「うちのお店はホケンでもとてもいい材料を使っているからさ!」
確かにそのお店は他のお店に比べるととてもよい食材が使われているようでした。
「へー、ホケンなのに大したもんだ。 料理人も腕がいいんだろうし。」
「そ、そうだね。」
「一度料理人にも会ってお礼をさせておくれ。
いつもおいしい料理を作ってくれて本当に感謝しているんだ。」
「いや、いや、今は忙しくて手が離せないからまた今度にでも。じゃ、忙しいので。」
と去ってしまいました。
(うーん、そういわれると気になるな。顔だけでもちらっと見たいな。)
そう思い、そのお客さんはお店の奥にある厨房が見えるところへ行き、中を覗いてみました。
そこにはまだ学生のように見える若い男女二人が一生懸命料理をしていました。
実はこのホケンを始めた小さな国ではお店で料理を作る人は国で決められた資格を持っている必要があるのですが、彼らはその基準の年齢には満たしていないように見えました。
「あの子たちはとても若く見えるけど料理を作るための資格を持っているのかな?」
そんな疑問を抱きました。
そんなある日そのお客さんが町を歩いていると学校からあのお店で見た若者二人が出てきました。
お客さんは
「あー、君たちはあのお店で料理を作ってくれているんだよね。
いつもおいしいカレーライスをありがとう。
君たちはここの学生さん?」
そう聞くと、一人が
「実はここで料理をする資格を取るための勉強をしているのです。
ですからまだ料理を作る資格を持っていないのですが、内緒であのお店で料理を作っているのです。
いけないこととは知っているのですがお客さんが増えてきてやめることもできず、店主も他のお店もやっていることだからと言って…。」
後日お客さんはそのことを役所に相談しに行き、役所の人がそのお店の店主と話をすると
「資格がないと料理を作ってはいけないことは知っていました。
ただ、忙しくなって自分だけでは手が回らなくなってきたのでついお手伝いに来てもらっていた彼らに料理をお願いしてしまった。
他のお店でもやっていることを知っていたのでつい…」
と反省していましたがそのお店は調べのためにしばらく閉めることになってしまいました。
そして、また別のお店でも何かあったようです。
続く
(注:今回は物語の中で料理をするために資格が必要という設定にしましたが日本においては資格がなく調理を行うことは違法なことではありません。)
あとがき
私たちの身の回りには資格がないとできない、またはやってはいけないことというものがあります。
例えば髪を切る。
家で子供の髪を切ることに資格はいりませんがお店で髪を切るというサービスを提供する場合は美容師、または理容師の資格がなくてはなりません。
フグの調理をしてお客さんに提供するのも資格が必要ですね。
髪を切るのが上手だから、フグをおいしく調理できるから、そんな理由があったとしても資格がないというだけでそれを提供してはいけないのです。
私たち歯科で働く人の中にも資格があり、それぞれ行えることなどは細かく決まっています。
日本の歯科医療に関する資格と法律
さて、今回は日本の歯科医療現場での資格に関わる問題についてのお話です。
まずは簡単に業種と資格について簡単に説明します。
歯科医師
国家資格です。
歯科医師としての業務や義務に関して規定している法律としては歯科医師法があります。
例えば一般の歯科医院で考えた場合、検査、診断、治療、処方など全般にわたって行うことが可能です。
(うまい下手は別として、法律としてできるかどうかという話です。)
歯科衛生士
国家資格です。
歯科衛生士としての業務に関して規定している法律としては歯科衛生士法があります。
この中で
「歯科衛生士」とは、厚生労働大臣の免許を受けて、歯科医師(歯科医業をなすことのできる医師を含む。以下同じ。)の指導の下に、歯牙及び口腔の疾患の予防処置として次に掲げる行為を行うことを業とする者をいう。(第2条)
一 歯牙露出面及び正常な歯茎の遊離縁下の付着物及び沈着物を機械的操作によつて除去すること。
二 歯牙及び口腔に対して薬物を塗布すること。
上記のほか、歯科衛生士は、歯科診療の補助、歯科衛生士の名称を用いて、歯科保健指導をなすことを業とすることができる。(第2条第2項及び第3項)
表現が難しいのでやっていいことを簡単に。
- 歯科医師の指示で歯や口の中の病気の予防処置として歯の表面や歯ぐきのきわの汚れを機械を使って取り除く
- 歯や口の中に薬を塗る
- 歯科診療の補助
- 「衛生士です」と名乗って歯科の健康に関わる指導を行う
これらはやってよしです。
一般歯科医院での実務で言えば歯石の除去や歯の清掃、フッ素を塗る。あとは歯科医師の補助です。
まずははっきりしているところで言えばレントゲン写真撮影検査、注射による麻酔、歯を削る、根の治療をする、歯を抜く、これらは行ってはいけません。
判断が難しいところは『歯科診療の補助』の『補助』ってところ。ほじょ。
これがどこまで歯科衛生士が行っていいのかがはっきりしない言い回しです。
- むし歯を削るのは歯科医師で詰めるのは補助?
- 型をとって作った詰め物を調整してつけるのは補助?
- 仮の歯となるものを作って、調整するのは補助?
となるのです。
ただ、基本的には歯科衛生士さんは歯や口の病気の予防処置を行うっていうところがメイン業務です。
やっていいか悪いかという考え方とは別に、上記のような治療の大切な部分を歯科衛生士が『補助』として行うのではなく、歯科医師が「主たる治療」として行うことが望ましいことであると思います。
歯科助手
国家資格はなく、民間レベルで認定資格はありますがなくてもできます。
歯科助手として業務を規定している法律はありませんがこれはつまり、歯科医師や歯科衛生士としてだけ認められている業務についてはやってはいけないということです。
基本的には患者さんの口の中を触れることはできないと思ってよいです。
(水を吸う道具が口の中に入るなどはあると思います。)
レントゲン写真撮影、型を取る、歯の清掃、これらは一切やって行ってはいけません。
レントゲン写真撮影は医師、歯科医師の他に放射線技師という資格でも撮影することができますが歯科医院で放射線技師の方が勤めているケースは非常に少ないと思います。
歯科技工士
国家資格です。
歯科医院によっては歯科技工士が医院にいることもあります。
歯科技工士としての業務に関して規定している法律としては歯科技工士法があります。この中で
歯科技工士は、その業務を行うに当っては、印象採得、咬合採得、試適、装着その他歯科医師が行うのでなければ衛生上危害を生ずるおそれのある行為をしてはならない。(第20条)
とありますので国家資格とは言え患者さんに対して直接的な処置を行うことはできないことになっています。
無資格者医療行為の実態
残念ながら歯科医院ではこれらの資格では認められていない『無資格』での医療行為が行われていることがあります。
治療が痛くない、説明してくれる、サービスがいい、これらとはまた別の次元としていい歯医者さんかどうか、考えてみましょう。
なぜこのようなことになるかというといくつか理由があります。
一つは人件費の削減。
人件費を考えた場合、
歯科医師 > 歯科衛生士 > 歯科助手
となりますので
歯科医師ができることを歯科衛生士、歯科助手でできてしまう、
また歯科衛生士ができることを歯科助手でできてしまう
ということであれば人件費を抑えることができるという考えです。
これは経営面のメリットがだけが前面に出てしまった間違った工夫です。
もう一つは操作が簡単であるということ。
例えばレントゲン写真撮影をすることを考えた場合、やることはボタンを押すだけ。
誰でもできます。
そして歯科医院で扱うレントゲン装置は安全に作られているため、だれがやっても大丈夫と思ってしまうのかもしれません。
無資格者がレントゲン写真撮影を行うといった行為については、もちろん違法なことなので実際にどのくらいの医院がやっているかといったデータが表に出ることはなく、実態を知る由もありません。
しかし、大学病院や総合病院を除いた歯科医院で、私が過去に勤めた医院はほぼこれに該当しますし、知人の歯科医師に聞いても同じような回答です。
無資格医療行為にあわないためのポイント
- ユニフォーム、名札等でなんの資格かまずは興味を持つ。
医院によってはあらぬ疑いをかけられないように歯科医師、歯科衛生士、歯科助手をユニフォームや名札などで分けたり、医院の中にスタッフ紹介を張り出したりしています。
それを見てこの人は何ができるんだろうと興味を持つことが大切です。
特に分けることもなく、表示もなく、だれが何の業種かわからないのは曖昧にしようとしている可能性もあります。
- 「あれ?これダメじゃない」と思ったらこっそり聞いてみる。
もし、遭遇しそうになったら
「あれ、これって衛生士さんでもできるんでしたっけ?」
「あれ、これって歯科助手さんでもできるんでしたっけ?」
ちょっぴり知らないフリしながらも“ダメじゃないかなオーラ”を出す。
すると本当はいけないと知っている場合は歯科医師に変わってもらったりという対応もあります。
まとめ
今回の話題も前回に引き続き、いい歯医者さんを探すにあたって、[設備や環境]、[治療]、[サービス]、[雰囲気]といったポイントではなく、その前にその医院が間違った工夫をしていないか判断できるかというものでした。
そしてもし、歯医者さんでそのようなことに遭遇してしまった場合、
「違法だー!今すぐ警察に通報だー!」の前に
一旦落ち着きましょう。
お気持ちはわかりますが一呼吸。
本当は正しいかもしれません。
せっかくあなたが自分に合った歯科医院として見つけて通院したのですからバッサリと切るのは時期尚早かもしれません。
まずは資格について確認し、行ったことについて歯科医師に尋ねましょう。
そうすることで医院は少なくともあなたへはきちんと法律に沿って対応してくれ、
それをきっかけにあなた以外の患者さんに対しても同じように法律を守ってくれるかもしれません。
皆さんは歯医者さんを良くする力を持っているのです。
ですからまずは大人な対応で改善を望みましょう。
それでも変わらなければ…、悪いことは長くはできない世の中です。
ご参考に今年2019年1月の出来事です。( 朝日新聞デジタルをリンクしました)
このニュースは私たちの業界ではなかなか衝撃的なニュースでした。
「あ、ほんとにダメで捕まっちゃうんだ。」という感想です。
赤信号、みんなで渡っても捕まるときは捕まるのかと。
最後にこれは歯科医療に携わる方へ一言。
やってはいけないと知りながらも医院や院長の指示でやらざるを得ない方、やらせざるを得ない方、いると思います。
「やめませんか?」、「やめましょうよ!」
これはなかなか言えませんよね。
そんな時はこのニュースを引っ張り、
「先生、これ見ました? 次はうちかもしれないので考えませんか?」
この一言だけでも状況は少し変わるかもしれません。
ご覧いただきありがとうございました。
次回もホケン物語で、医療安全についてお伝えしたいと思います。